- 7月 15, 2025
ご家族の「もしかして?」から始まる認知症診療 – 不安を安心に変える、地域のかかりつけ医の役割

みなさま、こんにちは。
神戸市西区のさいとう内科クリニック、院長の斉藤雅也です。
「最近、親が同じことを何度も尋ねる」
「大切な約束を忘れることが増えた」
ご家族のそんな変化に、「もしかして認知症では?」と、心に不安がよぎったことはありませんか。
現在、日本の65歳以上の方の約5人に1人が認知症であると推計されており、その前段階である軽度認知障害(MCI)の方を含めると、その数はさらに多くなります。認知症は、決して他人事ではなく、誰にとっても「自分ごと」として考えるべき、身近な病気です。
しかし、多くの方が「どこに相談すればいいかわからない」「本人をどうやって病院に連れて行けばいいのか」と、一人で悩みを抱えていらっしゃるのが現実です。
当院は、そんなご本人とご家族にとって、安心して最初に扉を叩ける「地域のかかりつけ医」でありたいと願っています。この記事では、認知症への正しい理解と、私たちがどのように皆様の不安に寄り添えるかをお話しします。
それは「加齢によるもの忘れ」ですか? 「認知症によるもの忘れ」ですか?

年を重ねれば誰でも物忘れは増えます。しかし、両者には決定的な違いがあります。
加齢によるもの忘れ | 体験したことの一部を忘れる。 (例:「昨日の夕食に何を食べたか」は思い出せないが、「夕食を食べたこと」自体は覚えている) |
認知症によるもの忘れ | 体験したことのすべてを忘れてしまう。 (例:「夕食を食べたこと」自体を忘れている) |
また、最近では「軽度認知障害(MCI)」という、健常な状態と認知症の中間の段階があることも知られています。MCIの段階では日常生活に大きな支障はありませんが、このうち約半数の方が5年以内に認知症へ移行するとのデータもあり、このサインを見逃さないことが極めて重要です。
ご家族が気づける「認知症の始まり」の4つのサイン

ご本人は変化に気づきにくいことも多いため、ご家族や周りの方が「おや?」と感じることが早期発見の第一歩です。特に以下の4つの変化にご注意ください。
- もの忘れ:上記の通り、「体験そのものを忘れる」ことが増える。物を盗まれたと人を疑う(もの盗られ妄想)。
- 理解力・判断力の低下:会話の辻褄が合わない。料理や買い物など、段取りが必要な作業に手間取る。車の運転が危なくなる。
- 集中力・注意力の低下:好きだったテレビ番組や趣味に興味を示さなくなる。身だしなみに無頓着になる。
- 性格の変化:穏やかだった人が怒りっぽくなる。逆に、不安感が強くなり、一人になることを怖がる。意欲がなくなり、ふさぎ込む(アパシー)。
これらの症状は、脳の機能低下による「中核症状」と、それに伴う「行動・心理症状(BPSD)」に分けられます。ご本人が一番辛い思いをされていることを、まず私たちは理解する必要があります。
なぜ「早期診断」がこれほど大切なのか? – 治療可能な認知症の存在

多くの方が診断をためらう理由に、「治らない病気だから」という思い込みがあります。しかし、それは正しくありません。
実は、認知症のような症状を引き起こす病気の中には、適切な治療によって改善する「治療可能な認知症」が含まれています。例えば、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下症、ビタミン欠乏症などがそれに当たります。
これらの病気を見逃さないためにも、自己判断で様子を見るのではなく、専門家による鑑別診断が不可欠なのです。また、アルツハイマー病など根治が難しい認知症であっても、早期に治療を開始することで、病気の進行を穏やかにし、ご本人が自分らしく過ごせる時間を長く保つことができます。
当院の診断プロセス:「不安」から「次の一歩」へ

当院では、患者様とご家族の心に寄り添いながら、丁寧な診断プロセスを大切にしています。
① まずは、じっくりお話をお聞かせください
どんな些細なことでも構いません。いつから、どのようなことでお困りか、ご本人やご家族が感じていることをお聞かせください。私自身、大学院時代(1998年・1999年)に鳥取大学で神経病理学を学んだ経験から、これらの症状の背景にある脳の変化に深い関心を持って診療にあたっています。
② 認知機能の評価
簡単な質問形式のテスト「長谷川式認知症スケール」などを用いて、現在の認知機能の状態を客観的に評価します。
③ 画像診断との連携
認知症がうかがわれる場合、近隣の医療機関でMRI検査を受けていただき、脳の萎縮の局在や程度、脳梗塞巣の有無、他の病気の可能性がないかを調べ、その結果を基に当院で診断を行います。特に、明石医療センターなどの基幹病院と緊密に連携し、スムーズな検査体制を整えています。
ご本人が受診を嫌がる場合 – ご家族だけで相談に来てください

「本人が『自分は病気じゃない』と言い張って、病院に行きたがらない」
これは、多くのご家族が直面する最も大きな壁です。
どうぞ、ご本人不在でも、まずはご家族だけでご相談ください。(※この場合、保険適用外の自費相談となります)
ご家族から詳しく状況をお伺いし、今後の対応を一緒に考えるだけでも、ご家族の精神的な負担は大きく軽減されます。
また、ご本人が信頼している「かかりつけ医」である私からお話しすることで、ご家族からの言葉には意地を張ってしまう方でも、素直に専門医の受診を受け入れてくださるケースは少なくありません。ご本人の尊厳を何よりも大切にしながら、次の一歩へ進むお手伝いをいたします。
認知症の進行を穏やかにするために

近年、認知症に対する考え方は大きく変わりました。「何も分からなくなる」のではなく、「認知症とともに、希望をもって自分らしく生きる」という新しい認知症観が社会の基本となり、その人らしさを尊重する「パーソンセンタードケア」が重視されています。
進行を穏やかにするためには、生活習慣の見直しが有効です。
- 生活習慣病の管理:高血圧や糖尿病の治療は、血管性認知症の予防に直結します。
- 適度な運動:散歩などの有酸素運動は、脳の血流を改善します。
- 社会とのつながり:他者との会話、特に新しい人との交流は、脳に良い刺激を与えます。
- 新たなリスク因子への注意:近年、聴力低下や睡眠時無呼吸症候群が認知症のリスクを高めることが分かっています。特に睡眠時無呼吸症候群は、内科で治療が可能ですので、いびきや日中の眠気が気になる方はご相談ください。
- 自律神経を整える:過度なストレスは自律神経の乱れを招き、アルツハイマー病の原因物質「アミロイドβ」の排出を妨げる可能性が指摘されています。心穏やかに過ごす時間も大切です。
当院が、要介護認定のための申請をサポートします

ご本人が、認知症の進行により、自分自身でできることが少なくなっていくことにより自信を喪失し、それに伴って、ご家族の負担が増大して、場合によっては、困りごとが少しずつ増えてくることが想定されます。ご本人とご家族が、我慢して生活し生き詰まってしまう前に、早めに当院にご相談頂きたく思っております。
要介護認定を受けることにより、様々な介護サービスを受けられるようになります。介護サービスの一つであるデイサービスを利用することで、新しい人との交流を増やし認知機能の低下を防ぐことができ、また、体を動かすことで、転倒して寝たきりになるのを予防することもできます。デイサービスに行くのが体力的につらいようでしたら、ご自宅で、看護ケアやリハビリを受けることもできます。お部屋の掃除や買い物、調理といったサービスもあります。
要介護認定のための申請手続きについて、分かりにくい点がございましたら、当院スタッフが、連携する訪問看護ステーションを通じて、丁寧にサポートさせて頂きます。信頼できる介護事業者様へ橋渡しをさせて頂きますので、まずは当院にご相談下さい。
アルツハイマー病治療の新たな光 – 新薬「レケンビ」について

そして、2023年12月、アルツハイマー病治療に新しい時代の幕開けを告げる薬が登場しました。新薬「レケンビ(一般名:レカネマブ)」です。
この薬は、従来の症状を和らげる薬とは異なり、アルツハイマー病の原因物質である「アミロイドβ」を脳内から取り除くことで、病気の進行そのものを遅らせる本質的な効果(疾患修飾効果)が期待される画期的な治療薬です。
ただし、この治療を受けられるのは、
「アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI)」
「アルツハイマー病による軽度の認知症」
という、ごく早期の段階の方のみです。また、治療の開始にはアミロイドPET検査などで脳へのアミロイドβの蓄積を証明する必要があり、治療を行えるのも専門的な基準を満たした医療機関に限られます。
当院のような地域のかかりつけ医の役割は、皆様の最初の相談窓口として正確な初期診断を行い、この新しい治療の候補となりうる患者様を、責任をもって適切な専門医療機関へお繋ぎすることだと考えています。

認知症への道は、ご本人にとってもご家族にとっても、不安に満ちたものかもしれません。しかし、正しい知識を持ち、適切なタイミングで専門家のサポートを得ることで、その道のりは決して暗いだけのものではなくなります。
大切なのは、一人で抱え込まないこと。
「最近、少し様子がおかしいな」と感じたら、その直感を大切に、どうぞお気軽に当院にご相談ください。皆様の心に寄り添い、最も良い道を一緒に探していくことが、私たち地域のかかりつけ医の使命です。