• 9月 30, 2025
  • 10月 6, 2025

【医師が解説】健康診断の「抗p53抗体」が高い…もしかして、がん?

慌てる前に知ってほしい「p53」の真実

健康診断や人間ドックの結果表に並ぶ、見慣れない検査項目。その一つ、「抗p53抗体」の欄に高い数値や陽性(+)の印があり、不安に思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

「p53って何?」
「抗体が高いということは、がんがあるの?」

そんな疑問や不安を解消するために、今回は、がん研究の世界で非常に重要視されている「p53」の本当の姿と、検査結果をどう受け止めればよいのかについてお伝えします。


そもそも「p53」とは?私たちの体を守る “ゲノムの守護神”

p53とは、私たちの体を作る約37兆個の細胞一つひとつの中に存在する、細胞のがん化を防ぐ「がん抑制遺伝子」の一つです。その極めて重要な役割から「ゲノムの守護神(Guardian of the genome)」というニックネームで呼ばれています。

p53の主な仕事は、細胞内の遺伝情報(ゲノム)に傷(DNAダメージ)がついていないか、常にパトロールすることです。そして、傷を発見すると、状況に応じて以下の3つの重要な命令を出します。

  1. 細胞増殖の「一時停止」命令: まずは細胞分裂をストップさせ、傷がそれ以上コピーされないようにします。
  2. 「修復」命令: 修復チームを呼び出し、DNAの傷を正確に直させます。
  3. 「細胞死(アポトーシス)」命令: 傷がひどすぎて修復不可能と判断した場合、その細胞ががん化して暴走する前に、自ら消滅するように命じます。これが「アポトーシス(プログラムされた細胞死)」です。

このように、p53は日々発生する細胞の異常を未然に防ぎ、私たちの体をがんから守ってくれる、非常に頼もしい存在なのです。


なぜ「抗p53抗体」が作られるのか?

p53が「守護神」なら、なぜそれに対する「抗体」が体内で作られ、がんの指標になってしまうのでしょうか。

原因は、守護神であるp53遺伝子自体が、様々な要因(タバコに含まれる発がん物質、紫外線、生活習慣など)によって傷つき、変異してしまうことにあります。

変異したp53遺伝子からは、正常な機能を持たない「異常なp53タンパク質」が作られます。この異常なタンパク質は分解されにくく、細胞の中にどんどん蓄積していきます。すると、私たちの体の免疫システムが、この蓄積した異常タンパク質を「異物(敵)」とみなし、これを攻撃するための武器として「抗p53抗体」を作り出すのです。

つまり、血液検査で「抗p53抗体」の数値が高いということは、体内のどこかでp53遺伝子の変異が起こり、異常なタンパク質が作られ、それに対して免疫が反応しているかもしれない」ということを示す間接的なサインとなります。このため、健康診断や人間ドックで、食道がん、大腸がん、乳がんなどをはじめとする、いくつかのがんの腫瘍マーカーとして測定されることはあります。ただ、間接的なサインに過ぎず、疾患特異的なマーカーではないため、実臨床の場では抗p53抗体を測定することはほとんどありません。


【最重要】抗p53抗体の数値が高くても、すぐに心配しすぎないでください

ここからが最も大切なポイントです。抗p53抗体の数値が高い、あるいは陽性だったからといって、「自分はがんだ」と自己判断して、過度に思い悩む必要は全くありません。

その理由は、p53の研究が進むにつれて、その働きが非常に複雑で、単純な善悪では語れないことが分かってきたからです。

理由1:p53の異常には、実に様々なタイプがある

多くのがん抑制遺伝子では遺伝子そのものが欠けてしまうことが多いのに対し、p53の異常は、アミノ酸が一つだけ置き換わる「ミスセンス変異」がほとんどです。最新の研究では、この変異の種類によって、守護神の力が完全に失われるもの、少し弱まるだけのもの、さらにはほとんど影響がないものまで、実に多様な個性があることが分かっています。抗体検査だけでは、その「個性」までは分かりません。

理由2:p53は「働きすぎ」も問題になることがある

p53は強ければ強いほど良い、というわけでもありません。最近の大阪大学の研究では、例えば肝臓においては、p53が過剰に活性化しすぎると、逆に慢性的な炎症を引き起こし、周囲の細胞のがん化を促進してしまう可能性が示されました。p53の働きは、臓器や状況によっても変わる、非常に繊細なバランスの上に成り立っているのです。

理由3:あくまで「可能性」を示す指標であり、確定診断ではない

以上の理由から、抗p53抗体検査は、がんの可能性を示す多くの手がかりの一つに過ぎません。この数値だけでがんの有無や場所、進行度を判断することは絶対にできません。がんがあっても数値が上がらない(偽陰性)ことや、がん以外の要因で上がる(偽陽性)可能性もゼロではありません。

では、どうすればいいのか?

健康診断で抗p53抗体の異常を指摘された場合、最も大切なことは、「いたずらに不安がらず、しかし無視もせず、専門の医療機関に相談する」ことです。

この検査結果は、「ご自身の体をより詳しく調べる良いきっかけ」と前向きに捉えてください。私たち医師は、この結果を重要な情報の一つとして受け止め、患者様のお話を詳しく伺いながら、内視鏡検査(胃カメラ・大腸カメラ)や腹部超音波検査、CT検査など、必要な精密検査を適切に組み合わせて総合的に診断します。


一人で悩まず、まずは専門医にご相談ください

p53の研究は、がんの謎を解き明かし、新しい治療薬(変異したp53の機能を正常に戻す薬など)の開発にも繋がる、希望の持てる分野です。

当院では、消化器内科の専門医として、検査結果の数字だけを見て不安に感じていらっしゃる患者様のお話を真摯に伺い、現状を正しく評価し、今後の最適な方針を一緒に考えさせていただきます。

健康診断の結果についてご不明な点、ご不安な点がございましたら、どうぞ一人で悩まず、お気軽に当院までご相談ください。

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